カテゴリー「ゆるゆるスケッチ講座(仮)」の5件の記事

「…なくてよい」式スケッチ手法の研究

ワタクシや貴方の日常というのは、「ある期限までに何かをする」ということの繰り返しです。
「ある期限までに何かをしなければならない」
それは仕事であったりお金の返済であったり学校の宿題であったり、まぁ、いろいろあります。

この「ねばならない」を趣味のスケッチにもあてはめていいものか、と思ったわけです。好きでやっている趣味の中にも「ねばならない」が過剰に入り込んでいないだろうかと。
「ねばならない」が増えると、お気楽さが減っていきます。
Nebanaranu_1

スケッチを描いていく上で、「こうしたほうがうまくいく」、「こうしたほうがよい」というポイントは多いと思われます。スケッチ講座は「こうしたらうまくいく」を伝えるのが普通です。それを逆に「しなくてもよい」とした場合、スケッチはどうなってしまうのか、それを楽しみながらやってみようと思ったり、思わなかったり。

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1.スケッチは描かなくてもよい

いきなり終わってしまいそうなタイトルです。
スケッチは描かなくてもよい」はい、さようならと。
しかしこれは意外に大事なことかもしれません。締め切りまでに描き上げなければならないプロの方はこれには当てはまりません。当たり前ですが。
プロでないということはなんと素晴らしいことでしょうか。

描かなくても誰も困る人がいない
のです。こんな気楽なことはない。描きたいときに描きたいだけ描けばいいわけですから。そこには必達の目標や、定められた手順や、締め切りや納期や品質向上プランの策定や進捗報告や各種届け出は不要です。もちろん資格もいりません。
 描きたいときに描く。白紙に一本の線を引き、それが二本になり三本になり、絵になっていくのをただ楽しめばよいのです。楽しくなくなったらやめればいい。ヒジョーにシンプルです。スケッチは描かなくてもよい。でも描いてもよいのです。

Kami

スケッチは「描かなくてもよい」

でも描いても楽しい。

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2.情報を伝えなくてもよい

暴論ですが、スケッチに何が描いてあるのか、わからなくてもいいという思いもあります。それが何であるのか、何処であるのか、わからなくてもいい。わかった方がいいですが、わからないからといってダメだとは言えない。画面上の線が楽しく描かれていて、面白ければ充分なのではないかと。

ワタクシや貴方は写生をしているのですから、それが何であるかわかるほうがいいに決まっていますが、それが何であるかわかるからいい絵である、というわけでもありません。それが何であるかわかり、かつ面白い絵がいいに決まっています。しかしそれは簡単に描けないかもしれない。何が描いてあるかわかるけど面白くない絵よりも何だかわからないけど面白い絵のほうが楽しいではないですか。学術的なイラストレーションを描こうというわけではないのですから。

昔、アルバイトでデザイン事務所のアシスタントをしていたことがありました。その事務所ではビジュアルを重視した科学雑誌の編集デザインをしていて、アシスタントであるワタクシの仕事は、イラストレーターに発注するイラストレーションの「下絵」を作るというものでした。イラストレーションは情報です。監修の学者の先生、編集者、アートディレクターが、その絵に盛り込まなければならない情報を整理して構図を決めます。ワタクシは編集者が集めた資料をもとに、その絵の細部を描いていきます。消しゴムで何度も修正しながら、詳細なイラストの設計図を作っていくのです。色もこの段階で決めて、アートディレクターや編集者のチェックを受け、イラストレーターの先生に渡されるのです。イラストレーターに求められているのは描写の技術で、下絵(設計図)通りに締め切りまでに描きます。プロの仕事です。

ワタクシや貴方がやろうとしているのは、そういうことではありません。完成品のクオリティではなく描く過程を気持ちよく進めようというものです。情報が伝わるかどうかは無視してよい、そもそも伝えるべき情報がないかもしれません。伝わってほしいことがあるとするなら、それは「楽しい」という事かもしれません。情報ではなくて情緒的な事なのかもしれません。

Qa_9

:スケッチを見せられたヒトの代表的な反応として、「これ何が描いてあるの?」というのがあると思います。

:何が描いてあるのか知りたいヒトには言葉で説明してあげればいいのではないでしょうか。「バナナです」とか。

:バナナを描いてバナナに見えない絵というのは写生としてどうかと思いますが。

:ですからバナナの説明をするためにスケッチをするのではないという立場もありうるということです。

:開き直りとも受け取れる発言です。

:まぁそういうことです。

Bana

クロッキー用紙にサインペン、サクラクーピーペンシル

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3.全部描かなくてもよい

スケッチをするときに、見えているものすべてを描こうと思わないようにすると、気持ちが楽になります。紙の上すべてを見えているもので埋めるという発想はとりあえずは捨ててよいと思います。
 全部描かなかったからといって、誰かが怒るわけではありません。貴方が納得していればそれでよいのです。絵に省略はつきものですが、ここでは一歩進めて「無視する」という態度で臨んでみましょう。描いて楽しいものだけを描き、あとは無視する。気分爽快。
 たとえば風景をスケッチするときに、何を描き、何を描かないかの主導権は当然貴方の側にあり、風景の側にはありません。貴方が決めて良いのです。誰かの承認はいりません。紙のどの部分を使って描くのかも貴方が決めて良いのです。

Qa_9

:何でもアナタが決めて良いって言ってもねアナタ、それが決められないから苦労するわけですよ。

:どのように決めれば良いのか、ガイドラインが欲しいということですか。

:講座を名乗っているわけだから何か教えてもらわないと。

:なるほど。

ゆるゆるスケッチはまず「描かなくてもよい」から始まっていますから、その次、「描く」となった場合のもっともシンプルな形は「線が一本でも可」ということになります。スケッチは一本の線を描く楽しみから始まっているのですからそれでいいのです。二本、三本と、徐々に線を増やしていけばよい。線を描くことはスケッチを仕上げるための手段ではなくて目的である、くらいの気持ちでいいのではないでしょうか。結果としてスケッチが残るというか。これ以上線を増やしてもあまり楽しくないな、というところでやめればいいのです。そこにある何かがまったく描かれていなくても。

Qa_9

:何だかまた無茶なことを言い出していませんか。一本でいい?

:目的は気持ちよく線を描くことにあるので、一本でもいいのではないかと。一本で描きなさいということではありませんし、逆に難しいですね一本だけで描くのは。

Kaidan

近所の階段
スケッチブックにサインペン

近所の階段を描いてみました。右側の石垣は面倒くさくなって途中でやめてます。「省略」になっていない。どうみても中断というか放棄というか未完というか、半端な状態です。

対して、階段を登った先はまったく無視しています。何もない。現場レポートとしては失格ですが、ここを青空として塗りつぶして描けば、ああそんな場所なんだなという絵になるわけです。

Qa_9

:自覚はあるようですが、こういう半端なものばかり描いていて、趣味として長続きするのでしょうか。描き始めたら最後までやり遂げないと。

:ですから「最後」をどこに設定するのかは描き手に任されているのです。仰る通り半端に見えてしまっては失敗かもしれませんが、画面に空白が出来ることを恐れずに続けて欲しいと思います。義務感で描いても楽しくないでしょう?

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4.全部塗らなくてもよい

「全部描かなくてもよい」の次は「全部塗らなくてもよい」です。もちろん「全然塗らなくてもよい」ですし「全部塗ってもよい」です。なんでもいいのかよ、という疑問は当然ですが、「なんでもいい」「なんでもよくない」のどちらかから選ぶなら、「なんでもいい」になるでしょう。

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この例では階段を描いたのでまず階段の部分を塗ってみるというのもよいでしょう。数段だけ、というのではなく階段の部分全体を塗ると、これが「階段のスケッチ」なのだということを強調できます。また、ひとつの領域(この例では階段)には同じトーンの色彩が集まりますから、見た感じも落ち着いたものになります。階段しか塗っていなくても「風景スケッチだ文句あるか」という絵にできる可能性もあります。

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ペンで描く段階で「無視」した部分(意識としては描いていない部分)も、画面の中では他の部分と同様に「形」を持っています。そこだけに色を塗ってみるのも面白いと思います。もちろんどんな色で塗っても構いません。クレヨンだったらいくつかの色を重ねてみるのもよいでしょう。

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複数の領域を塗って、画面のタテ・ヨコに色面が繋がると、落ち着いて来ます。「このくらいでいいんじゃないか」というところでやめてよいのです。全部塗ってみたくなればそのまま進めばよいわけで。

Qa_9

:「このくらいでいい」を判定する基準はありますか?

:ISO規格で決まっているわけでもないので、適当にご自分の感覚で決めるしかありません。ただご存じの通り、色は隣に並んでいる色の影響でキレイに見えたり逆になったりしますね。塗る部分が増えるほど、この「隣の色」の関係が複雑になってきます。つまり難しくなる。

:そうですね。それで皆さん苦労する。

:ですね。だからそこを避ける。白い部分を作ることで描く人にも見る人にも逃げ場を作ってあげるわけです。

:なんとも消極的な。

:もちろん攻めていっても構いません。塗っていて楽しいならそのまま進めばよいのです。失敗しても誰も「始末書を提出せよ」なんて言いませんから。貴方のスケッチはもともと「描かなくてもいい」ものです。そして「情報を伝えなくてもいい」のです。塗りたい部分(形)を塗りたい色で塗ればよい。ただ、画面のアチコチがばらばらに塗られているよりは、ある領域が同じようなトーンの色で塗られていると画面が落ち着いてきますよ、というそれだけです。




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